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  【透派ものがたり】 (7)佐藤六龍著



金木犀 毎年決まって香る日を
2日遅れた訳は語らず


キンモクセイの香りがステキな季節になりました。
わが家周辺のキンモクセイは、
不思議と毎年ほぼ決まった日、9月20日から
香り出していたのですが、
今年は少し遅かったような気がします。
暑さが続いたせいでしょうか?














  【透派ものがたり】 (7)

(季刊「五術」平成28年12月号掲載文から抜粋)

佐藤六龍著





ある日、久しぶりに亀鹿道人の庵を訪ねた諸葛亮は、顔一面に妖気のただよっていることを道人に見とがめられました。

「最近、何か変わった事に出会ったかな。どうじゃ思い出せるかな?」
と、道人は諸葛亮に尋ねました。諸葛亮は胡里女と山中で逢ったこと、そしてそれ以後のことすべてを道人に話しました。彼女が非常に博学であること、いろいろなすばらしい方術を知っていること、などを得意になって道人に話したのです。

諸葛亮の話を聞いた道人は、すぐに胡里女の正体を見破り、愛弟子の諸葛亮の妖気を取り除くために、謀略をもって里女(狸狐女)を殺してしまいました。諸葛亮も胡里女が女狐であることがわかり、これまでの色香に迷っていたことを恥じましたが、教えられた「六壬神課」と「奇門遁甲」は本物で、諸葛亮は一生を通じて、この術を従横に使いこなしました。

また諸葛亮は、これ以外に胡里女から「太乙神数」という占術も教えを受けたのです。


【註】 「五術」の中の「卜」には、「六壬神課」と「奇門遁甲」と「太乙神数」の三種がある。この三種とも、その創始者は諸葛亮・孔明と伝えられている。伝説上、前述したように、山中で胡里女(狐狸女)に、この三種の「卜」を伝えられたことになっている。この伝説で、我々が注意すべき点は、諸葛亮・孔明の前に中国では「六壬神課」が存在した痕跡がなく、急に諸葛亮・孔明がかなり完全な「六壬神課」を使っていた、ということである。

ある体系をもった一つの術なり学なりは、決して一人の手では完成されないものであり、一般に創始者とか著者とか言われるのは、その学なり術なりの集大成されたものという意味にとるべきである。この「六壬・奇門・太乙」の三術も、一応、諸葛亮・孔明が創始者ということで今日まで伝えられているのは、こうした意味からである。ただ、この三術、とりわけ「六壬神課」を諸葛亮・孔明がどこから習得・編集したかは今でも謎である。

「六壬神課」は、「五術」の中では「卜」に属し、その「卜」の中の「占卜・選吉・測局」の「占卜」を司る占術である。その基本は、「十干・十二支」を用いる。ある占う事柄に対して、一つの絶対的な点(ある一点、つまり時という時空)を求め、その点を基本にして、そこから事柄の吉凶を探ろうとする占術である。


 

話を透派ものがたりの本筋に戻します。

自己の白雲荘が血の海に化し、自分も死に直面していることを「六壬神課」で知った白博文は、来敵に備えるため、すぐに門人たちを集め命令を下しました。しかし、多勢に無勢で勝ち目のないことは、白博文自身がよく知っていましたから、できるだけ話し合いで解決するように望んだのです。

その日の夕刻、果たして諸門派の連合軍は蟻の這い出る隙間さえないように白雲荘を何重にも取り囲みました。

掌門の白博文は、話し合いによる解決を求めて、各門派の掌門たちに一生懸命に弁解を試みましたが、その弁解はまったく受け付けられず、返って諸門派の同情は、全身に傷跡の残る梅耕天に集まってしまい、ついに白博文一家皆殺しの命令が下されました。

白雲派一門は必死に闘いましたが、なにしろ多勢に無勢で旗色は一方的に悪くなり、夜半になって白雲荘は火を付けられ、掌門の白博文は討死してしまいました。炎は天に舞い上がり、屍はあちらこちらに横たわり、その無惨さは目を覆うばかり。白雲派一門の人々の生き残りは、今はこれまでと、白雲荘を捨て四方八方へと逃げ去りました。

闘いがすんだ後、梅耕天は焼け跡からあの争いのもとになった秘本を探し出し、大切に包み直して自分の梅花荘へ持ち帰りました。諸門派の人人は、これらの本がそのような重要な意味を持つ本とは知らず、梅耕天が自家に伝わる秘本を取り返したのだろうぐらいに思っていました。

しかしながら、白博文の持ち帰った本のうち、その中の大切な一部分は、白博文の妻が持って逃げていたのです。賢夫人の誉れ高い白夫人は、一門一派の掌門夫人として多少の武芸を心得ていました。夫と共に奮戦しましたが、夫の博文が討死し、白雲荘が炎に包まれたので逃げる準備をして、夫がもっとも大切にしていた秘本をまとめておいたのです。

白夫人は、重傷を負いながらも、一生懸命に門人達をかばい、一方の裏口から門人たちを逃がし、自分はたった一人で諸門派と凄絶な闘いを繰り返し、門人たちの逃げる時をかせぎました。そして、最後に彼女は、持てるだけの秘本を背負い、秘密の抜け穴から逃げ出したのです。

三日三晩、重傷のためにややもすればうずくまってしまいそうな我が身にむち打ち、白夫人は、ようやく追っ手のかからない安全な所まで逃げ延びました。最愛の夫の死、かわいい門人の討ち死にと逃走、白雲荘の炎、その後の自己の身のふり方……、悲しみや心細さが、安全な場所に落ち着くと同時にあふれ出し、白夫人は泣き伏してしまいました。

つい三日前までは、何ひとつ不自由なく、門人達に囲まれ夫と幸福な生活を過ごしていたのに、わずかの間に天涯孤独で流浪を強いられる身になったのです。彼女にとっては、梅花門一派とその掌門の梅耕天はもちろん、ウマウマとその口車に乗せられた諸門派まで、八つ裂きにしても事足りないぐらいの憎い相手と思えるのです。

白夫人はいろいろと復讐の方法を考えてみましたが、かよわい女性の細腕ではとうてい諸門派の門弟たちにかなわないことは明らか。ことに当の梅耕天は剣の名手、殺せるものではありません。まして自分は白雲荘の闘いで重傷をおい、一生剣を使うことのできない不具の身。武力による復讐は不可能です。しかしながら、この不倶戴天の恨みをはらさなければ、死んでも死にきれません。

白夫人はいろいろと考えた末、世にもむごたらしい復習法を考えたのでした。
 
                                         以下次号















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