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 【透派ものがたり】 (6)佐藤六龍著




今朝は、ウロコ雲がきれいでした。
九州に「小鹿田焼」(おんたやき)という焼き物があるのですが、
独特の模様なんです。
その「小鹿田焼」の模様に似た空でした。
自然は、なかなかのアーティストのようです。

みどり色一色だった窓外の色も、
複雑な色合いになってきましたね。
秋、進行中のようです。











 【透派ものがたり】 (6)

(季刊「五術」平成28年9月号掲載文から抜粋)

佐藤六龍著




山東地方の豪族である諸葛家の次男として生まれたのが亮、つまり諸葛亮・孔明です。

若い頃の諸葛孔明は、まれにみる美男子で、彼は山中で修業する亀鹿道人という仙人と非常に仲がよい間柄でした。
護身用の杖を持っては、山奥深く亀鹿道人を訪ねて、その教えを乞うていました。後に、三国志で有名なように、劉備が三顧の礼をもって、この諸葛孔明を招じたのも、彼に他人のぜったいに及ばない学問があったからだと言われています。

ある日、諸葛亮がいつものように山中の道人の庵へ急いでいますと、向こうからすばらしい美女が一人でこちらに向かって歩いてきました。こんな山奥ではふつうの人さえ住まないのに、なんで美女がいるのだろう、と諸葛亮は一瞬考えました。美女が目の前まで来たとき、彼は護身用の杖を振り上げ、大声をあげてどなりました。
「このような山中に美女なぞが住むとは考えられない。さては、そなたは妖怪変化のたぐい!!」
もちろん返事いかんによっては、杖で力まかせに美女の頭を打ち倒すつもりでした。
しかし、美女はにっこりと笑い、
「このような山中に美男なぞが住むとは考えられない。さては、そなたは妖怪変化のたぐい!!」

と、オウム返しに切り返してきました。なるほどよく考えてみれば、山奥で人を疑う場合、自分だって他から見れば同じように疑わしいわけです。諸葛亮は自分のとり乱し方を恥じ、素直に謝りました。
「これは失礼した。ひらに無礼を許されたい」

美女はにっこりと笑い、立ち去ろうとしましたが、あまりの美しさに諸葛亮は話すきっかけをつけたいと思い、自己紹介をし出しました。
「わたしは諸葛亮と申す者。この山中の亀鹿道人の教えを受けに行くところ」

美女もそれに対して、艶然と笑いを口もとに浮かべながら、
「わたしは、姓は胡、名は里女と申します。あなた様のように亀鹿道人について学びたいのはやまやま。しかし浅学なうえに女流の輩、どうして亀鹿道人がお教えくださるでしょう」

と答えました。その日は二人はすぐに別れました。しかし、遠くて近きは男女の仲、いつも道人の庵へ行く途中に、諸葛亮は心の中でこの胡里女に出会うことを期待するようになっていたのです。そのうち、時々二人は出会うようになり、互いにあいさつをかわすほどの仲になりました。

ある日、諸葛亮は里女の誘いをうけ、里女の住んでいる館へおもむきました。二人は詩を詠み、歌をうたい、さらに学問を論じあいました。

ところが里女の博学に諸葛亮はおどろきました。とくに歴史についてはすばらしく、その学の深さは、あるいは亀鹿道人よりも上ではないかと思われる点もあるくらいです。

二人は、文章や詩を直しあいましたが、諸葛亮の書いたものは、里女の朱筆によってみるみるうちにすばらしくなっていきます。しかし、里女の書いたものは、諸葛亮は一字とて朱筆を入れることができません。この日は諸葛亮にとっては大きなショックでした。これまで年少にして博学といわれた自分が、どうみても年下の女性に劣るというのですから。しかも、その知識は何十倍何百倍と、あまりにも差がありすぎるのです。

この日を境に、諸葛亮はよく里女の館を訪ねるようになりました。ビロードのような鳳凰木の葉にかこまれた緑の館、その館での一日は、諸葛亮には夢のように感じられるのです。

よく晴れた秋の日、諸葛亮はまたまた緑の館を訪ねました。里女はいつものように、桃の花が咲いたような美しい微笑で諸葛亮を迎えました。しかし、お茶を一服飲んだ後、
「亮さま、今日は正午から嵐がおとずれますから、すみやかにここを立ち去って下山されますよう……」

と、せきたてるようにします。諸葛亮はまったく信じられませんから、動こうともしません。里女はちょっと困ったような顔をしましたが、あまりに露骨にせきたてるわけにもいかず、なんとなく話を続けてしまいました。そしてとうとう正午を過ぎてしまった頃、あんなに晴れた天気だったのが、ものすごい嵐となってしまいました。

「この館には筮竹らしきものがないが、なんで占わないでこの嵐がくることがわかったのか?……」
と諸葛亮はふしぎに思い、里女にそのわけを問いました。

里女は、「断易」のほかに「六壬神課」という「卜」の占術があり、しかもこの方法は筮竹を必要としないことをくわしく諸葛亮に話しました。館の外は、風と雨が荒れ狂っています。諸葛亮は帰れずにほとほと困ってしまいました。

「六壬神課によりますと、この雨は明朝の卯の刻までは止みませぬ。こうなれば帰ることをあきらめ、今夜はここにお泊りあそばせ。夕飯がすみましたら、六壬神課をお伝えいたしましょう」

夕食のあと、里女は約束どおり諸葛亮に「六壬神課」を教えにかかりました。
しかし、諸葛亮にとっては、見たことも聞いたこともない方法(占術)ですから、非常にわかりにくく、ことに左の手の指を折りながら、「三伝」という「六壬課神」に必要な方式を出す過程は、むずかしく、何度もまちがえてばかりいました。

夜もふけて亥の刻(十時)になりますと、下女たちはみな引きさがり、仮作りの諸葛亮の床をおいた居間には、「六壬神課」を一生懸命に教えている里女と苦しみながら習っている諸葛亮との二人だけになりました。夜までかかりながらいまだに覚えない諸葛亮に、さすがの里女もあせりを感じだし、そろそろきりあげ明日にしようかと思いながら、あと一息なので、諸葛亮の左の手を自ら取り、指の折り方を手をそえて一生懸命に教えました。
諸葛亮の頬には、あまりにも近く座った里女の息がかかり、鼻には百花を集めてもかなわないと思われる里女の体から発する美女特有の香がただよってきます。里女は一生懸命に「六壬神課」を教えますが、こうなるともう諸葛亮にとっては「六壬神課」どころではありません。耳たぶは熱くなり、目はくらくらし、胸はどきどきしてしまいます。

たまりかねた諸葛亮は、里女の手をぐっとにぎりしめました。その瞬間、里女は手を引っ込めようとしましたが、諸葛亮は手を離さず、さらにもう一方の手で里女の肩を抱き、引きよせました。
「好きです」
と、低い声でささやく諸葛亮の息が里女の耳をくすぐり、その唇が里女の耳たぶにふれました。里女はうっとりと目をつぶり、抵抗をあきらめました。諸葛亮はさらにささやき、手に力を加えますと、里女は反射的にからだをこわばらせます。
「……」
里女の口からは意味のない声がもれました。

嵐の夜、ついに諸葛亮は胡里女と結ばれ、「六壬神課」と愛の手ほどきをうけたのですが、この胡里女とは狐狸女であり、つまり女狐の化身だったのです。こうして結ばれた二人は、もう離れられなくなり、昼に夜に寝食をともにすごしました。

里女の館の庭には、蟻がたくさんいて、いつも両側に分かれては争っていました。蟻の闘いは非常に面白いもので、諸葛亮はよく里女といっしょに、この蟻の闘争を見ていました。実にたわいもないことですが、諸葛亮はそのうちにまた不思義なことに気づいたのです。一昨日も昨日もそして今日も、すべて里女が、
「あの一群の蟻が勝つわよ」
と、言ったほうの蟻が必ず最後には勝っていたのです。諸葛亮は里女に、
「どうしてどちらのほうが勝つか、わかるのか……」
と聞き返しました。

里女の答えによりますと、「奇門遁甲」という、昔、張良が使った占術があり、どの日のどの刻にどの方位へ向かえば勝ち、その反対に向かえば負けることが、必ず決まっている、との事でした。蟻の争いでも同じで、何日の何刻にどの方位に向かっている蟻が勝つということは、闘う前から決まっているもので、こうした事を予知するのは、それほどむずかしいことはないとの事です。

諸葛亮はまた里女について、「奇門遁甲」を一生懸命に学びました。このようにして、二人は占術と愛とによってしっかりと結ばれていましたが、この楽しい宴も終止符をうつ時がきたのです。運命的に言っても、人間と狐が一生連れ添うことはできません。
       
以下次号















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